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代表者メッセージ(日記)
ラーメン青春記
子供の頃からラーメンを食べるのが好きで、ま、ラーメンの嫌いな方ってあまり居ないとは思いますが、即席ラーメンやカップ麺なども好きでしょうがありません。
ラーメン屋でラーメンをよく食べるようになったのは、高校生の時に、友人から、友人宅の近所に、美味しいラーメン屋さんがあり、連れてって貰った事がきっかけでした。
それから、その友人に、今度は別のラーメン屋に連れてって貰って、そこで大変な衝撃を受けました(笑い)
東京の新高円寺に当時「げんこつラーメンのげんこつ家」そこで食べるラーメンが、大変に美味しく、なんとなく、お腹が空くと「げんこつ家」に通っていました。
また、高校時代の体育の先生が食通で、ラーメンも当時は詳しく、東京 荻窪の「丸福」さんや「春木屋」さんに連れて行って貰った事もひとつです。
まだ、まだ、当時はラーメンブームの前だったのですが、丸福さんなどは当時から並んでいたけど、当時はすんなりお店に入る事が出来た。

で、私がロックバンドなどをしている時等は、スタジオの帰りは、必ず「げんこつ家」さんのラーメンを食べて帰るほど好きだったのだが、ラーメンブームが襲来すると、当然「げんこつ家」さんも話題になり、阿佐ヶ谷に店舗を作り、新宿に店舗を出し、永福町にも店舗を出し始めた。
しかし、それと並行するとともに、味的に、なんだか単にしょっぱくなったような気がして、私自身食べに行かなくなった。
ま、設備投資があまりにも過剰すぎて、結局「げんこつ家」さんは、倒産してしまいました。(現在、息子さんが、ラーメン博物館で、お父さんの味を再現しているらしいです。)
この他にも、高円寺あった「めん徳」さん、常盤台にあった「土佐っ子ラーメン」多分、東京の環状7号線のラーメンブームの火付け役と言っても良いかな。
現在でもありますが、野方ホープ(私が20代の頃は凄く美味かったのですが・・・)秋葉原に有った「いすずラーメン」・・・
何かこう言う話をしているともう一度食べたくなるな・・・・

で、好きなラーメン屋さんを失った私は、あちこち行ったけど、「これだ!」と言うラーメンに出会える事がなかったのだが、ある日。
当時働いている会社で、横浜市の根岸勤務をしていた時、通勤が辛かったので、寮に入り、週末だけ自宅に帰る生活をしていた時、私は、魚が大の苦手で、生も焼いても食べられなく、寮の夕食時など、日替わりで、肉、魚の交互で夕飯が出るので、魚の日は、外へ食べに行くようにしていました。
ちなみに、魚が苦手なのだが、その事を、毎度のように、色々人から、「説教じみた事」言われるが、嫌いで食べられないものは、仕方がなく、人から、あれこれ言われるのが、実は大変に苦痛になる。
しかし、先日、高倉健さんの映画を見に行った時、高倉健さんって、いかにも日本男児で、日本食を食べているイメージがあるが、高倉健さんは、私と同じように魚が苦手で、現在でも、よくステーキなどを食べているそうで、それを聞いて、何か救われたような気分になった(笑い)

話は脱線しましたが、魚の夕食の場合、外へ外食に行けるのだが、横浜の根岸周辺って、何にもなく(根岸に住む皆さんすいません)、ファミリーレストランなどはあっても、なかなか定食屋さんや、ファーストフード系などがなく、困っていた時に、あるラーメン屋さんの前を通った。
そこが運命の出会いのラーメン屋さん 横浜ラーメン 家系総本山「吉村家」さんだった。
決して綺麗ではない店舗、如何にも、トラック運転手が、立ち寄るような雰囲気のお店で最初は期待もせずその場凌ぎでラーメンを頼んだ、ま、私としては、ある意味、他にあるわけではなく、仕方がない的に、お店を入った。
当時は、閉店まじかだったのか、お客さんも、まばらで、少しびっくりしたのが、麺の固さや、味や油の好みを聞かれた。
で、全部普通で頼んだのだが、私の席の側でラーメンを食べている人を見て「しまった」と思った。
麺が大変に太い・・・私は細麺が好きだったので、太麺にも、少々がっかり・・・

で、ラーメンが運ばれてきて、ひとつ口食べてみると・・・「ん・・・なんだ・・・これって美味いの」と、もうふた口・・・「あ!これ美味い!」
横浜ラーメンがとんこつ醤油で、当時としてはなかなか東京では口にするが出来なかったので、これは大変な誤算であり、大変に満足いく収穫であった。
それから、1週に2~3回は通う事になる。
しかし、根岸勤務が解けると、東京に戻される。私的に生活は、良いのだが、ラーメンが食べられなくなるのは・・・まして、当時の吉村家さん、やはりトラック運転手目当てで創業したらしく、午前4時開店、午後8時頃には店を閉めていたので、なかなか、東京から食べに行く事ができなかった。

すると、この吉村家さん、やはり弟子が多く、その弟子達が各地にお店を出していることを突き止めた。
しかし、色々と食べ歩いたのだが、意外に、家系ラーメンって弟子の数が多い事から、微妙に各店味が変わる。
違う角度から見ると、家系ラーメンの食べ歩きをするだけでも面白くなってきた。
で、当時は、東京に、私に合う家系が近所無く、結局、20代の後半から30代の前半までは、京王線 稲田堤駅の側にある匠味家さんまで食べに行っていた。
しかし匠味家さんから我家まで、結構あるので、2ヶ月に1度食べに行けるか行けないかであった。(今の時代のようにインターネットで調べること出来ない時代だったので、口コミが頼り)
そして、私が33歳位だったか、私の自宅の近所(近所ほどでもないですが)家系ラーメン 武蔵家さんがオープン、早速行くと、私好みの家系ラーメンだったので、大変に当時は感動した覚えがあります。
これで、遠くまで、ラーメンを食べに行く事もないし、で、今でも武蔵家さんには、月1~2回ペースで食べています。

また、最近ではありますが、新しい家系ラーメン屋さんが見つかると、食べに行ったり、昔行った、家系ラーメンのお店に足を運んでもいます。
先日、ほぼ十年振りに匠味家さんで食べて参りました。

そして、もう何年前になるか、お客さんに、お昼をご馳走になった時、「タンメン」を始めて頂いたのですが、それ以来、タンメンにもはまっています(笑い)
個人的に、塩ラーメンはあまり好きではないですが、「タンメン」の塩スープとシャキシャキした野菜の歯応えがたまりません。
タンメンなら、野菜は湯煎したものではなく、炒めモノの方が大変に好みです。

ま、もっとラーメン屋さんは知っていてご紹介したいのですが、これだけ書くと、ラーメンが食べたなったので、今日はこの辺で・・・・・・・・・・・・