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代表者メッセージ(日記)
残暑お見舞い申し上げます ある私の思い出 その2
残暑お見舞い申し上げます。今年はやはり「暑い」夏だったみたいですね。
私自身、寒いのが苦手な分、暑いのは平気な方ですが、しかし、それでも今年の夏は暑かったのですね。
驚いたのは、8月10日(土)の夜の気温!夜になっても、空気が大変に暑く、大袈裟ではなく「生命の危険」を感じました。
あんな体験は生まれて初めてでした。あんな暑い夜は・・・・
暑いで、思い出すのは24歳頃の夏だったでしょうか、やはりその年は「猛暑」と呼ばれた年で、私自身飲食業で最後の店舗をコンサルしていた時でした。
担当する店舗のアルバイトの子が、バタバタ倒れてお休みになり、人一倍動く羽目になって働いていたのですが、結局、その無理が祟ってか、「夏バテ」と言う病気を起こしてしまいました。
今でも覚えているのですが、やる気がなくなり、睡眠を十分にとっても疲れが抜けず、お腹は空くものの、何も食べても美味しくなく、満腹感も得られない・・・・
あの時は、本当に死ぬかと思いました。
実は、23歳の時は、病気の当たり年で、普段病院なんて行かない人なのですが、あの年は随分病院に通いました。
確か、その前は、原因不明の目の病気「虹彩炎」を発症し、完治するまで1年半掛かりました。
ですので、「猛暑」の年は、必ず24歳の自分の記憶が蘇ります。
前回も思い出話をしましたが、今回も思い出話で行きたいと思います。

私が24歳の頃は、日本はバブル景気に沸いていた時代で、当然ですが私もその恩恵に預かりました。
日本中が浮かれていた時代でした。
飲食業のコンサルをしていたので、当時の不動産ブローカーの方などと知り合う機会が大変に多く、ひとりのブローカーの方がこんな話を聞かされた事を今でも忘れはしません。
「小室君、知っている、昨日買った1億の土地が、明日には1億2千万になるんだよ、それも、その取引した土地を拝むこともない、たった1日の取引で2千万も儲かったんだよ、これってある意味仕事していて面白だけど、また別の意味ではこんな状況は異常だと、怖くなるよね」
また、ある不動産ブローカー専門に融資していたフリーの方からは、「実は今の仕事を辞めたいと思っているんだよ、この世界、馬鹿仕合で、現に今の異常な不動産投資に、融資の依頼も殺到しているんだけど、儲かるのはいいんだけど、やっぱりこれって異常だと、もっとまともな商売をしたいとおもうので、お店でも出して地道にやりたいんだけど、お店のオープンの仕方をレクチャーしてくれよ」
その後、その不動産ブローカーの方々はどうしたのかは分かりませんが、それから3年も経たないうちにバブルは弾けました・・・・・

また余談ですが、私自身も飲食業のコンサル活動にピリオドを打ったのもこの時でした。
一応、お陰様で、有終の美を飾って引退する事が出来ましたが、しかし、その後、その活動にしがみついていたらどうなっていたことか・・・

で、本題ですが、この有終の美を飾って引退した飲食業のコンサルですが、その裏に大変に屈辱的な出来事がありました。
それは、1年前の23歳の夏にあるお店からコンサル依頼が来たことから始まります。当時の状況で、平日朝8時開店、夜10時に閉店、日曜日を休業に充てていたビジネス街での喫茶店、その売り上げは、日に平均5万円程でした。
当時、そのお店規模や町の状況を考えても、8万円から10万円は欲しい所でした。
そのお店のオーナーの悲痛な思いは切実で、この状況が続けば、年内にもお店を閉めてなくてはいけない状況でした。
私自身、実はそのお店のある場所は土地勘があるので、売上8万円は戻せると思い、お店の再建を引き受けました。
今回は、どう再建したかは書きませんが、実はこの仕事、年内に、約束した8万円の売り上げを戻すことに成功しました。
23歳の夏(8月)に1年契約で仕事を受けたので、12月時点で結果が出ているので、残りの数か月間は、日々を普通に消化して行こうと思っていたのですが、そのお店の経営者は、更なる売上アップに、報奨金制度を約束してくれたので、年が変わってからもう数万円アップの為のお店作りを行っていました。
すると、年を明けて直ぐに、当時32歳の社員希望と言う方が面接に来ました。この会社の社長も、小室自身何時までも居るわけではないし、誰かに店長を任せたい、その教育も小室が居るうちと思ったのでしょう32歳の彼を雇い入れることになりました。
社長から「社員希望をひとり入れたから、店長の基本的な事と、売上維持のコツを教えてやってくれ」そう言われたのに対して「良いですけど、年も離れているので、彼が私の言葉を受け入れるかどうかですよ」と答えると「彼に小室の事は言ってあるから大丈夫、それも了承済み」との答えでした。
仮に32歳の彼をKさんと呼びましょう(これを見て笑える人もいるでしょう、また余談ですが、私のイニシャルもKです)
そして、Kさんの初出勤、Kさんの最初の印象は、人の良さそうな方で、気さくなイメージでした。私に対しても敬語を使ってくれていたのですが、そんな中、Kさんの雑談の中で、「あれ?」と思う事がありました。
「あれ?」と言う詳しい内容は書きませんが、雑談の中から、彼のイメージを一通り考えました。

  ・32歳になって、個人経営の喫茶店に社員希望?
  ・また、この業界が初めて(経験がない)
  ・車の免許なども持っていない
  ・初対面なのに対して軽い嘘をつく(あれ?の正体)

やはり、どんな事が有っても、軽い重いは別として、初対面で嘘をつくのは、人間性を疑ってしまう。なので、悪いとは思ったが、当時働いていたアルバイトの連中に、Kさんに関しての私のイメージは伝えておきました。
ある意味入社2カ月までKさんはおとなしくしていたのですが、今考えれば、おとなしくしていて自分なりの計画を作り伺っていたのだろう。また、おとなしくしていた期間も、ある意味、何かと嘘をついていたが、嘘自体、人を騙したり陥れるものではないので、放置していたのだが、これが後で仇と鳴る事になる。
3月になると、売上を上げてる計画は順調そのものだったので、ある意味、お店の中は忙しくなってきた、売上的には毎日平均10万円から11万円程になった。
そうなると、私の負担も大きくなる、負担が大きくなると責任も大きくなる、そうなると会社の対応にも少々不満が出てくる。
例えば、忙しくなれば、人も増やしていかないとけいない、そうしなければ、更に売上を上げる事も出来ない。しかし、会社は売上が上がって来た事と同時に利益を大きく追及し始める。
しかし、これでは、さすがに頭打ちになるしかない、現行で働いている人間の理解も得られなければ、売上を上げる事も出来ない。
そんな会社の対応をつい、Kさんの前で愚痴ってしまった。
そしてある日、会社の社長が物凄い形相で、「小室はいるか!」「はい、なんですか」「お前、会社に不満があるのなら、俺に直接言えよ」と言う感じなる。
Kさんが社長を怒らせる方向で告げ口したのだ。
しかし、そう言っても、私の不満を解決しなくては、幾ら報奨金制度を導入されても、他の人間の理解も得られないし、このまま状態が続けば、働いている人間の体がもたない・・・
社長の形相に応えるように、口論となってしまった・・・・
最終的には、社長から「俺のやり方が気に入らなければ、辞めろ」と言われたので、私なしの売上の維持は考えられないと思い「分かりました1週間後に正式に答えを出します」と言って、話合いは終わった。
その後、Kさんとも、口論になったが、「だって、俺が言った事は、小室君が言った事をそのまま社長に言っただけ」と、そう言われれば、こちらも何も言えない。
ま、そのKさん、実は、先に言ったように、私が作っていたイメージ通り、実は、漢字が読めない、計算もろくに出来ない、どの職場に行っても長続きしない、嘘つきだから誰からも相手にされない人物、結局、Kさんがこのお店に残っていても、出来る事なんてたかがしれている。
数ヶ月で元のお店に戻るだろうと思い、結局、1週間後に退職する事を固めた。そしてその1週間、Kさんは私が居なくなれば自分と天下になるものだから、好き勝手な事をし始めてきた。
社長も私と会っても挨拶も交わさない。ま、さすがに、私もこのお店を辞めたら、報復しょうとまで考えていた(笑い)
そして1週間が経ち、いよいよ私の進退の日になったのだが、社長より、お店の中ではなく、お店の外で話合いをしようと提案された。私自身「辞める」と一言だけだったので、外での話合いに、少々困惑していた。
すると、社長の方より「この前は、つい私もカッとなって申し訳ない、出来れば契約の8月まではいて欲しい」との要請だった。私自身、こんな展開になるとは思っていなかったのですが、この1週間、私の知らない間に、Kさんから私の居なくなってからの経営お店の運営の話を毎日のように聞かされたらしいのだが、Kさんの話はまるで現実味がなく、社長自身もKさんが嘘を平気でつける人間だと悟ったらしく、Kさんに不安を覚えたのだろう。
私自身ともう一度冷静に話し合いを行い、分かって貰えた事で、残り数ヶ月8月まで残ることした。ま、これも今後の悲劇の始まりだった(笑い)

面白くないのは、Kさんだ、その後Kさんと社長とどんなやりとりが有ったのかは分からないが、次の日、Kさんが「小室君、話がある」と私を休憩室に誘った。
「お前、8月まで居るそうだけど、その後はどうするんだ」と聞かれたので「Kさんには関係がない事でしょう」と答えると「ま、いい、しかし、今後はお前のような仕事はさせないからな、お前のやっていることは仕事ではない」と言われたので、さすがに私も「今日の所は、Kさんの話を飲み込むだけにしておくよ、ただ、一言で言っておくと、そのような態度なら、今後は貴方に一切、仕事を教えない、それと、貴方と私は雲泥の差ほど力の差がはっきりしているからね」そう言って、Kさんと小室の仁義なき戦いが始まった(笑い)
しかし、相変わらずKさんは嘘を作ったり、汚い手口を考えて攻撃してくるから、廻りの人間からも信用は失う、また、小室は正論で応戦するから、Kさんの逃げ場がなくなると、結局、Kさん自分で起こした事だが、どんどん自分を窮地に追い込む事になる。
ま、どんな事が有ったかは詳しくは書きませんが、結局、廻りから信頼もなくり、自分を窮地に追い込んでしまったので、最後は、お店の売上金を盗んで逃げてしまった(笑い)
年老いた母親や、お兄さんが、その事で謝りに来た時は、いささか、残された家族が可哀想だったが、しかし、お兄さんの話では、どこに行っても長続きせず、子供の頃から嘘をついているらしい、家族も大変に困っているらしい。
この事件が5月で、結局、契約の8月いっぱいで、お店を辞めたんだけ、振り返ると、今回の事件は大きかったが、意外に、この手の人間が多く、コンサル活動に支障あった事も多かった。
なので、結局、他に人から誘いもあって、飲食業の店舗コンサルをこの機会に廃業した。
結局8月までの売上の平均は13万円代、MAXが17万円まで行った日がありました。この事を考えれば、優秀な成績で引退出来るのだからと自分に言い聞かせ一幕を下げました。

本当にこの件は、一言では言えないほどの戦いが有ったのですが、猛暑の夏の時は、必ず、23歳から24歳に有った出来事を思い出します。