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代表者メッセージ(日記)
映画「ラッシュ/プライドと友情」を見て思った事
新年いきなり、色々な事でつまずいてしまい日記の更新が遅れてしまいました。
人生はなかなか思うようにいきませんね。
今回の件は、何時か何だかの形で日記に書ければと思うのですが・・・・

で、本題です。
この2月にF1レーサー、ニキ・ラウダとジェームス・ハントが壮絶なタイトル争いを繰り広げたドラマを映画化した「ラッシュ/プライドと友情」が公開されますが、実は、この映画の内容になったニキ・ラウダとジェームス・ハントが子供の頃大好きで、当時は小学校4年生位で、小学校6年生の時に「ポールポジション」と言うF1のドキュメンタリー映画でニキ・ラウダの事故と奇跡のカムバックの話を知らされてニキ・ラウダと言う人に憧れていました。
そんな訳で去年の夏頃からこの映画の存在を知っていて、とにかく見たくて仕方がなかったので知り合いや友人、方々の人にこの映画の早期観賞を頼んでいた所、一般公開に先駆けて、この映画を見せて頂ける事になり先日見て参りました。
ニキ・ラウダとジェームス・ハントのファンだからと言う事を抜きにしても映画的観点からも大変に素晴らしい映画で、実はこの日記を書いている時点(1月22日)で3回も見ました。
私自身が同じ映画、短いスパンで何度も何度も見る事も珍しい程、何度見ても大変に良かった。
映画公開前ですが、簡単にお話しするとふたりの天才ドライバーがいて、互いにライバル視していて、結局ラウダはレース途中で事故に合い大けがを負いながらもシーズン中に復帰し、性格もドライビングスタイルも正反対なハントとその後もある意味命を懸けて優勝を争うと言うストーリーで、決してレースシーンが中心な映画でなく、あくまでも良質なヒューマンドラマな映画です。

実はこの映画を見て、自分の事も振り返って考えたのですが、自分の命を懸けてでもライバルと懸命に闘い勝ちを意識するってある意味ですが、大変に羨ましいと思いました。
よくある話の中で、「あいつと出会った直ぐに喧嘩をした壮絶な殴り合いだったが、喧嘩が終わってみたら仲よくなった」なんて、これって相手に対してのある意味敬意と信頼感が生まれないと出来ない事じゃないかと、私的には思います。
例えが変かもしれませんが、「あの先生によく殴られたが、不思議と恨んではいない、逆に懐かしく思う」これって両者に信頼関係や尊敬の念が無ければ絶対に生まれないと思う。
また、こうした命を懸けてでも争える関係って羨ましいし、そう言う関係がある人達って結構大物も多い。
アップルのスティーブン・ジョブスとマイクロソフトのビル・ゲイツなんかもそう言う関係じゃないのかな、だからこそ真剣に相手の事を考え、時に本気でぶち当たり、本気に憎み、しかし、その先には本当に信頼と言う絆があるからこそ、最後は親友でもあり続ける。
ビル・ゲイツがWindowsを出した事を盗作だと怒り、アップルは窮地に立たされるが、その後アップルは逆襲に掛かるしかし、スティーブン・ジョブスの亡くなる少し前にビル・ゲイツはジョブスを見舞っている話を聞いた事があります。(盗作で激怒しているシーンは、去年のジョブスの映画の中で描かれています)
他にもそんな良質な関係の方はいるでしょう。野球なんてそうですよね。「あいつがいたから俺は懸命に頑張った」なんて話良く聞きますよね。
「ラッシュ/プライドと友情」の映画の中でも描かれていましたが、そんな命を懸けるだけの友情関係と言うかライバル関係って本当に良いですね。
生涯を通して、私にはそのような大きな壁になってくれた方が居なかったので、このような映画を見ると本当に羨ましく思えます。

以前にこの日記に書いた事があるかどうか忘れましたが、会社員時代、人の足元を引っ張るようなやからしか居なかったし、会社を経営してからも、尊敬出来る人物はいても、私の闘志に火をつけるようなライバルと思える人との出会いがないのが残念です。
心から闘志をむき出しにして戦える相手って何度も言うようですが本当に素晴らしい。
世の中「カッコよく死にたがっている人」が多いじゃないですか、しかしある意味「不様に生き延びてる」方が良いのではないか、「平凡に生きたくない」と言うが「平凡で生きる」程、難しい事はないのではないかと思う。
「俺は将来こうなりたい」「こう生きる」「俺はこう言う人間」と言っても、自分自身に傷もつけられないような人間ばかりいるこの世の中に、正直、私自身呆れてしまう事がある。
ある知り合いの方を例えで話をするのなら、その方にとって「人のミスは蜜の味」らしく、特に私がミスなどをすると大きな声で「ピーピー」言いますが、しかし、その人自身の事を話せば、確かにピーピー言う事には的を得ている事もあります。
それは認めるとしても、しかし、ピーピー言えるだけの価値が自身にあるのか疑問に思う事がある。
ここで例を持って話せば、確かに私自身の「足」は傷だらけです。その傷だらけの足に対して向こう岸から色々と言うのは誰にでも言える。
しかし、私の道を歩んでいるからこそ、「足」に傷が付く、道にはガラスも落ちていれば、釘だって落ちている。
例えば暗闇の道で、それを避ける事は不可能に近い。
しかし、道を歩かずに、人の足の傷だけを貶す事は誰にでも出来るし、結局歩かないのだから、確かにその人の足は綺麗だと、しかし、しっかり歩んでいる私自身は、傷に対しての免疫も備えられるし、危険に関しての予備知識も備えられる。
怪我の功名とも言えると思うが、道にしてもその人より先を進んでいる。
こういう風に言えば、その人は「何時か時に教えられるし、時に対して悔やむであろう」そう思う。
と、何時もテーマから外れるかな・・・・・

しかし、今回の「ラッシュ/プライドと友情」を見て、自分自身の人生と起った出来事などを回想してそう考えた事も事実。
例え、今後もひとりで歩んで行こうとも、気にせず「胸のブレーカー」だけは落とさず、これからも頑張って行こうと思う。
敗者がいて勝者が輝く、勝者がいて敗者が立ち上がる。今後どちらに転ぶか、これを繰り返して行くと思うが、逃げずに立ち向かいたい。

映画「ラッシュ/プライドと友情」
2月8日(土)公開(2月1日2日先行上映有)