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代表者メッセージ(日記)
人種差別といじめの問題
実はここ最近、黒人の方への人種差別をテーマとした映画を多く見ました。
去年は、「42 ~世界を変えた男~」「ソウルガールズ」今年に入って「大統領の執事の涙」「それでも夜は明ける」を見てきました。
どの作品も映画の内容としては大変に素晴らしいと思う一方で大変にヘビーで日本人の私にはとても理解し難い内容であり、多くの事を考えさせられました。
アメリカのエイブラハム・リンカーン大統領が奴隷制度の廃止を訴えてから何百年経っているんだよ。
そう大きな声で言いたくなる場面を目の当たりにしました。
奴隷に対しての罰では、思わず目を伏せたくなり、気分が大変に悪くなる思いもしました。
勿論、人種差別問題では、主に黒人の方に向けられたモノではありますが、全体的に通して私としては、お金持ち対貧乏人の対立にも見えました。
それを基に考えるのなら、「いじめ」の問題も人種差別と同じ事が言えるのではないでしょうか。
私の経験上のお話をすると、私の知り合いである一定の年になっても「人をからかっては、喜んでいる」人がいます。
子供の頃からその体質は変わらず、人をからかって人が困った顔をするべ、大変に喜んだ顔をします。
そう言う人って、思いやりがないのもそうですが、一種の病気でもあり、欲求不満じゃないでしょうか・・・・
「人が困った顔」をしているのを見れば、普通「どうしたんですか」とか「可哀想だな」なんて思うのが普通の人のような気がします。
最近、特に「いじめ」の問題は深刻で、自殺者が後を絶たない・・・・小学生や中学生で命を放棄すること自体、私にはやりきれない気持ちでいっぱいになります。
人種差別もいじめもやっていけない事だと思うが、やはり後を絶たなければ、これはどないにしたって正して行くしかありません。
私は常に、義務教育で「人種差別」と「いじめ」を通して教育を低学年から道徳の時間を使ってより鮮明に行う必要があると思っています。
勿論「いじめられる」側にも問題はありますが、そもそも「いじめ」の発端こそ下らなく、理由にならない理不尽な事ばかりだと思います。
肌の色が違うだけで、目の色が違うだけで、髪の色が違うだけで、国籍が違うだけで、少々能力の違いがあるからと言うだけで、人間の本質は変わってくるのでしょうか。
しいて言えば、私はロックやブルースが大好きです。影響を受けたのもチャック・ベリーやリトル・リチャード、ハウリング・ウルフ、ジョン・リー・フッカーなど黒人の方からです。
チャック・ベリーだけはコンサートに3度程見に行きましたが「カッコイイ」の一言でした。
実は私が高校の時、転校する事になり、転校先にびっくりする光景を目にしました。
それは大の男の子3人が、ひとりの女生徒をいじめていたのです。
その女生徒が歩いている後ろから追っかけて、バケツをかぶせたり・・・・やりたい放題でした。
最初は転校仕立てと言う事で、見て見ぬ振りをしていましたが、ある日その3人組のひとりと仲良くするきっけが出来、どうしてそんなバカな事をするのか問いただすと、「他の2人がやっているから、そのうち楽しくなったと」言ったので、私は止めるように促しました。
するとその友達になったひとりが止めたら自然と残りの2人もいじめるのは止めました。
後でそのふたりから理由を来ても、いじめた理由やきっかけはありませんでした。単に「気持ちが悪いから」と言っていました。
後年、いじめられた女生徒からは、いじめを止めた理由が分かり、私の所にお礼に来たのですが、その女生徒ですが、「気持ち悪い」と言われていた理由がまったく分かりませんでした。
一般的にもそこそこの子でしたし、しゃべっても悪い子ではありませんでした。
結局、いじめのきっかけも人種差別のきっかけも些細なモノだと思います。それが人間の邪悪な部分と触れ合い、抑える事が出来なくなったり、麻痺状態を起こし、人の困っている顔を見るのがとても楽しくなるのではないか・・・・
それとビジネスでも同じですが、「相手の立場に立って考えられない」と言う事は、基本中基本が出来ていないのでしょう。
相手がいて、それを思いやってこそサムシングが生まれてくる。
私などは、お客さんから笑顔で「ありがとう」と言われるほど嬉しい事はありません。逆にお客さんのお役に立てなかった事があると大変に虚しく感じ事があります。
まずは日本から国が立ち上がり「思いやりのある人作り」をもう一度見直してみると良いと思っています。