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代表者メッセージ(日記)
銭湯存続の危機
先日、インターネットでニュースを見ていたら「東京にある銭湯の約半数が次回行われる東京オリンピック前に無くなるかもしれない」と言う記事を読んだ。
実は、私自身、銭湯育ちの人間で、30代半ばまで銭湯通いをしていた。
何よりも銭湯は大きなお風呂がたまらく良く、子供の頃は友達同士で、銭湯に行くのがとっても楽しかった。
元々我が家は、隣の家とくっいた作りをしていて、建築当時は、1本の水道管を隣の家と共同で作ってしまったらしく、我が家が大量に水を使用すると、隣が出なくなり、隣が使うと我が家が出なくなると言うありさまだった。
ま、その辺は、当時は、お隣と上手くやっていたのだが、お風呂の場合、作ってしまえば、水を使う量が半端じゃない上で、流す時間が長い事から、お風呂の建設には、両家とも消極的だったのでした。
そんな訳で、私は銭湯で育った人であり、銭湯には大変に想い入れがある人なのです。

私の住んでいる町にも4件有った銭湯が2件に減っていますが、1つの町に銭湯が2件もある事の方が凄いかもしれません。
何十年前だったか、ある銭湯の経営者と話する事があり、廃業と言っても簡単な話ではなく、銭湯の煙突ひとつ壊すだけでも1千万も掛かるらしく、経営を維持するだけでも難しいのに、廃業するのはもっと大変な問題と聞いた事がある。
その経営者は、結局、土地をマンション販売業者に売り払い、廃業したらしいが、それでもこのお話は20年も前であるので、現在のような超景気が悪い時には、なかなか決断も厳しいだろうと思う。
しかし、銭湯は、一町に一件は残さないといけないモノだと思うね。
形は変えても良いので、国で何とかならないのか・・・
例えば、震災の場合など、地域の危機的な事にも大変に活躍できる施設だと思うけどね。
ま、実際に経営や労働を考えれば大変なんだろうが・・・

しかし、銭湯は昔の社交場で有ったように、ある意味コミュニケーションの場所だとも思う。
お風呂屋の番台のおばちゃんに教育され、知らないおじさんから教育され、人付き合いがなんか煩わしいと思われる現代には、もう一度日本の原点回帰としては、本当に残すべき施設だと思うね。

先日テレビで、「自分のご飯を食べている顔を見られたくない事から、トイレの中に閉じこもって昼食をとる学生が増えている」と聞かされたが、まさに、スマホを含め、コミュニケーションサイトとでしたか、コミュニケーションが図れない世代の産物なのかも知れない。
実は、これも25年も前の事、私が会社員時代に泊り掛けで研修に行った際に、研修に参加していた人とお風呂に入る時に、「パンツを履いたまま」お風呂に入ろうとした人がおりました(笑い)
なんでも、大勢の人とお風呂に入った事がなく、恥ずかしかったと言い分だった。
ま、びっくりするようなお話ですが、しかし、コミュニケーションが不足している事は事実かな・・・・
銭湯は、小さな子供も居て、高齢者の方がいて、隣同士気を使い、また常連同士で仲良くなり、時には怒ったり、怒られたり、不快な思いもするけど、それはそれで社会勉強の一環であると思えば、はやり大変に素晴らしい社交場で有った。

個人的な思い出は、映画好きな私は、お風呂屋に飾ってある映画の宣伝ポスターを見るのが好きで、映画の公開が終われば、ポスターを頂いて、映画好きな私に映画の招待券などをくれていた。
ま、今にしてみれば人情ですな、しかし、お風呂屋も、20代に入ると、銭湯の暗黙のルールも知らない人が来ると、入りずらくなったモノです。
携帯電話と同じで、銭湯も、その人その人の教養が見えてくる場でもあったな。