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代表者メッセージ(日記)
「広告」の非常ベルが聞こえてきた
先日、とある会社さんの商品開発の為の意見交換会に行った際の事、久しぶりに地下鉄に乗り合わせました。
そして地下鉄に乗り込むとびっくりさせられた、前々から少々気になってはいたのですが、今回程、びっくりした事はありませんでした。
地下鉄の車内に、殆ど「広告」が無くなっていました。
これにはさすがに私自身驚きを隠しきれず、ある意味相当なショックを受けてしまいました。
まさに、「広告」の非常ベルが聞こえてきた瞬間でした・・・・・
ちなみに、先日「交通博物館」に行った際ですが、JR線には広告が有ったようでした。

以前、出版社の知り合い、テレビ局の知り合いからも、インターネットやインターネット広告の脅威を聞かされていたが・・・・
しかし、あんなに、花形だった電車の広告がこうも見事に無くなるとは、半ば信用しがたい気持ちにもなる・・・・
ましてこの地下鉄都内のど真ん中を走っているのに・・・・

で、そんな光景を目の当たりにして、電車の中吊り広告には「もう終焉な時がきたのか」また、「雑誌も必要は無くなったのか」「テレビは誰も見てくれないのか」その答えはいずれも違うと思っている。
まずは、広告そのモノや仕組を見直してみる必要があると思う。
まずは、掲載価格、これは今一度見直してみる必要がある。これまでの広告費は確かに大変に高価だったのだが、しかし、例え30%位ダウンしても、広告が掛かっている社内と掛かっていない社内では、売り上げは一目瞭然だと思うし、広告購入のターゲット層を変えてみるのもひとつだと思う。
何かの雑誌だったか、「新聞広告などの広告費の価格には驚くものがあり、結局中小企業はお金を大きくかけられないので、大手にひけをとってしまう」と言う記事を見たが、今事、社内広告には、そう言った中小企業にとってリーズナブルな価格帯で攻める事も必要だと思う。
また、広告内容だって頭を捻れば従来には考えられない広告的な要素なモノがあると思うね。
実際、あのモノと車内広告をかけ合わせて、少々表現を変えれば、こんな広告が出来るのにな・・・などと私自身アイデアが浮かんできている。
またもうひとつ、確かに社内では、スマホの登場で乗車している人がスマホ片手になにやらやっているが、しかし、全員がスマホに目を向けいる訳ではないし、スマホから一時、広告に振り向かせるのもまた企画やアイデアであると思う。
しかし、毎日、通勤・通学などで、電車は利用されるのであるし、「人の行動が変わった」「新しい表現手段が割り込んできた」だけの話であり、とられたのだから、取り返せば良いだけの話、しかし、だからと言って従来の仕組みと同じ事をしていても意味がない、今の需要が要求している「企画」「感性」「正価」「仕組」などを今一度考えな直してみる必要性がある。

テレビ局も出版社も同じ、インターネットと言う新しい表現手段が割り込んできただけで、「インターネットと手を組んでしまう」「インターネットで出来ない事を探してみる」なんて行為だけでも、色々と仕組みは考えられると思う。
その場合、古い仕組みは、見直しする事は前提である。
また、もうひとつ言ってしまえば、雑誌もテレビも、わくわくするモノが無くなった?失われた?驚かなくなった?そんな事も「頭に入れて」考えてみるのも良いと思う。

そうそう、ソフトバンクさんが野球球団を買い上げ、福岡ドームで、孫 正義社長がやった事は、バックネットの場所にあるテレビ中継などで見える広告看板を時間毎に変えていく仕組みは「なるほどな」と思った。
あれなら、1社独占と言う事もなく、数社で分ける事で多くの企業を掲載出来るし、逆にやり方によっては従来より多くの広告費が見込める事もあり得る話かもしれません。
例えば、1社1日1千万円だった枠だとしよう、勿論広告の見直しで掲載される企業が少なくなってきた。
しかし、あの場所を時間で買えてやる事で1社400万円にしたしょう、3社もとれば、従来の売上より大きくなるし、例え2社でも無くなるより800万円の売上になる。
また、殆ど1流企業しか出せなかった部分に中小企業にも少なくても広告のチャンスがやってくるわけだ。
紙の広告を含め従来の広告に関してはもう少しリーズナブルにならないのかね。掲載期間を従来より短くして、サイクルを考えるとか、孫 正義社長のやり方からも色々とヒントがあると思うね。

私の業務もある意味「インターネット」であるが、インターネットだけで完結する事は推奨していないし、ホームページがあるのだから「紙のカタログや会社概要」なんて要らないなんて話した事もない。
むしろ、従来のあるモノとホームページの連動を何時も考えているし、メールだけで完結しようとも考えていない、常に打合せなど、お客様の顔を合わせた打合せを実施している。
結局、「広告」を見るのも、アクションを起こすのも「人間」である事は変わらない。

そお考えて見直して考えてみれば、「広告」の非常ベルなんて聞こえなくなる なんて環境が生まれてくるのかもしれない。