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代表者メッセージ(日記)
海外投資新聞の企画であるグレート・プレジデントに掲載されました
先月、海外投資新聞の企画であるグレート・プレジデントに掲載されました。
この記事の件で、お客様や、知り合いなどから今回の文章に関してお問合せやご意見等を頂きましたので、今回の掲載記事に関してアウトテイク的な事で日記で書かせて頂きます。

実は、今回の記事で「おもてなし」と言う表現が、ある意味誤解を招く表現だと思うのですが、今回のインタビューをされた記者の方の解釈から「おもてなし」と言う表現を使われたと思うのですが、「おもてなし」に関して、私がどの様な経路からこの様になったもう少し深く語らして頂くと、私も経営に携わり十数年が経ち、その十数年の間に様々な出来る事や、経営者の方と携わりました。
また、会社員時代も当然ながら、前職や前々職業の仕事柄、色々な経営者の方等と絡み、幾つかの自分の持論が出来上がりました。
それは、例えば、日本には100年以上続く企業や、老舗と呼ばれているそれこそ江戸時代やそれ以前から続くお店等が多くあります。
世界的に、見てもこの現象は、特殊なモノらしいです。
そこで、100年以上続く会社や、お店はどの様な特徴があり、どうしてその様な状況が続くのか何十年掛けて考えておりました。
時には本を読んだり、100年以上続く経営者の方に話を伺うチャンスに恵まれたり、テレビ番組等を見る機会で有ったり、そこで私が感じたのは、日本と言う国にある「義理人情」と言う言葉と言うか行為と言うかそこに注目しました。
そこには、日本人特有の例えば、隣近所を大切にして、業者間の取引でも大切にする気持ち、また、お客様とそれ以上の関係を構築していくと言う気持ちがあるかと思います。
「先義後利」と申しますか、100年経った企業、お店には、正しく先代が築き挙げてきた素晴らしい「先義後利」が有ったのではないでしょうか、また、それをしっかり受け継いでいける教育が有ったのではないかと思感じています。

日本は太平洋戦争でアメリカに敗れ、それこそ、「アメリカの価値観」をそのまま受け入れ、戦後、アメリカの文化を学ぶように受け継いで来た結果、今のような社会、例えば、格差社会や、ホームレスの増加、能力主義など、全ては目の前の結果だけが評価される社会と日本は変貌してしまったように感じます。
別に私はアメリカの価値観が悪いと言っている訳ではありません。
間違えなく、能力主義など、努力した者が報われるのだから、それは当たり前だとは思います。
しかし、それを理由に、日本本来の「美しい」モノが失われつつあるのが現在ではないかと思っています。
本当は、外国の良い所を日本の良い所を混ぜてそれを上手くチョイスしてこそ、大変に素晴らしいサムシングが生まれてくるのではないかと思います。

先日、ジャムハウスのお客様の社長さんとの話の中で「せっかく取引先と時間を掛けて関係を築いてきても、ある時、担当者が代われば、『ハイ、リセットです。もう一度、この取引に関して最初からやり直してください』と言われて、価格の見直しをされてしまうのだから下請はたまらないよ」と言う話を聞かされました。
勿論互いに商売をして行くのだから、仕入れ価格などは大切な事ではありますが、しかし、下請さんや、取引先との良質な関係があるからこそ、困った時に、お互いに助け合えたり出来るのではないかと私は思います。
普段から自身の事だけ考えて、自身させ良ければ良いと思っているような奴に、「現在、こんな事で困っているから助けてくれ」と言われても助けようがない、逆に、普段から「こんな事をあの人からして貰った」「こんな事を気に掛けてくれた」なんて思うような事があれば、先方が困った時は、出来るだけの事をして上げたいと思うのではないかと思う。
これこそが、世界に誇る、日本人の良い所なのではないかと思っている。

実は少々自慢めいた話ではありますが、僕の幼友達が居て、子供の頃は、子沢山の家庭に生まれ、正直、子供の頃は苦労していたし、あまり良い生活をしているとは感じなかったのだが、実は、それから大人になり、私がジャムハウスを立ち上げ、経営に追い込まれていた時に、その幼友達だけは、僕と一緒に仕事を探してくれたり、食事に連れてってくれた。
私が色々とありがとうとお礼を言うと、幼友達から「俺は、子供の頃、お前から散々世話になった、正直、今でも感謝の気持ちでいっぱいだ、だから、小室が困った時に助けるは、俺の宿命、片腕1本あげてもいいよ」と言われた時、大変に嬉しかったと共に、この人と友情関係が保てて良かったと思った。
自分がなんか報われた瞬間だった。
また、逆の事を話せば、ある友人が何時だったか、とんでもない事件を引き起こし、言葉が悪いですが、その友人の為に彼のケツを私が拭いてやった事がある。
実は十年経っても、友人が引き起こしたこの事件、私はトラウマになってしまっているのだが、そんな窮地を救ってやったのに、そんな事情を忘れてしまっているのか、不義理な事を散々されてきた。
正直、今の私には、そんな彼が今後何かに困って、私の所に来ても、彼の為に何かをしてやったり、助けてやりたいと言う気持ちは生まれてこないだろう。

少々話が脱線していますか?しかし、「先義後利」とは、今の日本が失いつつある事であり、今こそもう一度日本も考え直し古き良き先輩達から習い直す時期にきていると思っています。
マニュアル化された企業が大変に多いのだが、マニュアル化された人材はマニュアルで書いてある事しか出来ない。
私は会社員時代、会社の方針で、マニュアルを一新して新しいマニュアルで進んで行く方針に反発した事がある。
勿論、基本は大切な事であり、マニュアルも必要である。しかし、応用こそ先輩や自身、経験で学んでこそ成長があるのではないか、マニュアルだけで作られた人材は「挨拶」ひとつ心がこもっていない気がする。
もうひとつ、書いてしまえば、私が前職、前々職の店舗を見てきた時、共通するのは、お店で働く従業員に、出来るだけ、常連の方でお名前が分かれば、お名前で呼ぶようにするように努めさせていた。
例えば、朝のビジネス街での喫茶店なら、注文時は「小室様、おはようございます。何時ものでよろしいでしょうか」「小室様、お気に入りの新聞です。どうぞ」「小室様、ありがとうございます。いってらっしゃい」この様な事を毎日繰り返すだけでも、お客さんと良質な関係が築けていけるし、お客さんと店員の言う関係を越えた関係に構築出来る。
お客さんは、日頃からこうして店員の方から声を掛けられれば、「このお店は俺のお店」と思うようになるし、その関係が越えて、お客様の方から「何時もありがとうね。これ、夏休みに伊豆に言ったので、皆で休憩時間食べて」なんて事も起きてくる。
ある意味、大手の愛想の良いフランチャイズチェーン店のお店には逆立ちしても出来ないだろう。
しかし、人って何処かで、「人の暖か味」を感じていたいと思っているように感じる。

勿論、出来ない事もありますが、私自身「お客さんが喜んで頂けるのなら」と思い毎日出来る事を取組んでいます。
また、良質な人間関係も人を成長させると思っています。
何が良くて何か悪い、これはしっかり自身で身につけていかねばなりません。
私の仕事の恩師が、お歳暮等の挨拶時は、必ず自身で出向いて挨拶しなさい、荷物だけ送って終わりの時代だが、荷物だけ送るだけなら、そんな挨拶止めた方がよい、感謝の挨拶に行く為に、手土産が、お歳暮なんじゃないか、それを私は今での出来るだけ実施するようにしている。

綺麗事ように思われる文章を書きましたが、私自身は決して綺麗事だとは思っていません。

PS
またこの続きになるような文章を書ければ書きたいと思っています。

グレート・プレジデントでの小室の記事はこちらです