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代表者ご紹介
小室のインタビュー記事

結局良い先輩を持ったという事ですね。

そうですね。
しかし、本音は、良い先輩と出合ったのが早すぎましたね。
当時は高校生だったので、その後社会人で本当に心から尊敬できる先輩は出来ませんでした。

と、飲食業をした後はどうされたのですか

飲食業の間に一瞬だけ、短い期間だけ、個人店のコンビニで、仕入れを担当しました。
ある飲食業のメーカーさんが、コンビニを助けて欲しいと(笑い)
若かったですから、右も左も考えずに飛び込みましたね。
しかし、このコンビニで、仕入れを徹底的に行い、顧客の購買行動を自分なりにチェックしながら仕入れを行い、売上に貢献したので、短い期間ですが、大変に面白く、また凄く勉強になりましたね。
そして、知り合いのコンサル会社の社長さんから紹介というか、指導というか、石油業界を勧められて

今度は、また180度違うんですね

いやいや、客商売には変わりはないんですよ。
飲食業って、個人商店レベルが多いでしょう、また会社組織でも、大手のファミリーレストランなどに入らない限り、ギャラや生活面の保障が悪いので、石油業界の方が市場がでかいからと勧められて飛び込みました。

それで、通用したんですか

始めての業界で正直何も知らなかったので、最初の半年は少々大変でした。
また、すでに20代の半ばに入ろうというときでしたから、歳の若い子も沢山いて、若い子に仕事を教わるのが大変でね。
しかし、1年もすると大体基本的な事は学べて、そこから今度は飲食業の経験とダブらせて、本領発揮と力を入れたんですがね。

なんかまずい事でもあったのですか?

私が入った会社が悪すぎました(笑い)
入社した時は、バブル景気に涌いていた時だったので、お給料は良かった。
しかし、まじめに仕事に取り組めば、業界に深入りすればするほどフラストレーションが溜まっていく一方で。
よく言う「正直者が馬鹿をみる」ということわざ通りの会社で、実はこの頃、バンド活動も歳的に終わりにした時期だったのですが、癖で、ある日、自宅でギターを練習中、曲を作りまして、まさにタイトルが「正直者がバカをみる」というタイトルでしたね(笑い)

どんな経験をしたのですか。

よくいう年功序列な会社で、バブルが弾けると、当然売上を下がる一方、しかし、当時、会社の上司にあたる連中は、みんな「事なかれ主義」もっと悪い連中だったか「お天気屋さん」、ようは単なる流れに乗ることしか出来ない連中で、私のような「出る釘」は打たれるんですね。
だから、一所懸命に、会社を変える為に、一から色々とやりましたね。
本当に、「ここまでするか」と言われるぐらい・・・・・ < ここでしばし沈黙が数秒あり >
ま、一生懸命にしたのですが、その会社には分かって貰えませんでしたが、しかし、結果は出ていたんで、外の人は見てくれていたんですね。 結局、また、他社から色々とお話を頂いて。

結果を出しているのに、見出されないんですか

ま、結局、外の人が評価して頂いたので、今日があるんですよ。

どういうことですか

ある事件が私をとにかくめちゃめちゃキレさせましたね。
そこで、自分の評価というものは、自分でするモノではないと何時も思っているんですが、この時ばかりは、自分自答をしましたね。
飲食業の事、コンビニの事、石油業界の事、どの業界も一所懸命に誰にも負けない情熱でやってきて、ギャラも上げてきた、ヘッドハンティングもされた、売上も上げた、そこそこその業界でローカルで目立ってもきた、その事は一度、自分で自分をしっかり評価してみようと、そして、自分が一度本当にやりたいビジネスを探してみよう、でもそれがきっかけで、今の業界にいるんですがね。

さしつかえなければ、ある事件の事をお話してくれませんか

実は、その会社に不満が爆発している時だったのですが、その頃、ローカル的に目立っていた私は、その石油業界の大元の会社の企画関連の部署から、企画能力を買われていて、ちょくちょく相談をされていて、私の方も企画を考えたりするのが好きだったので、相談に乗っていたんですが、ある時「行政を巻き込んだ大きな企画」を思いつき、大元の会社に提案した所、向こうも大変に乗る気になってもらって、企画を進める為にも、私の会社の専務に、相談した所、専務から「君は、うちの会社の社員なんだから、うちの会社の事だけやればいいんだよ、またそんな企画、君が幾ら動いても、行政が振り向くわけはないじゃないか」とこっぴどく言われて、それなら、今回の企画だけはやらしてくれとお願いして、今回の企画が通る通らないは別に、今回で、余計な事は止めるよと約束した上で、行政物の企画を動かしたんですよ、すると行政が興味を示して、私と大元の会社の企画部、行政と、3者が顔を合わせる段階になったら、専務から呼び出しを貰い「ここまでよくやったな、しかし、ここからは私がするから、君はここまででいいから」と言われて、いきなり美味しい段階になったら、専務が私の企画に割り込んできたんですよ、私も納得いかないので、「これは私の企画です、私が最後まで仕事をしますから」と言うとその専務に「ここからは、君の能力では駄目だ、会社の立場もあるし」なんていきなり言われてね、結局、その仕事はその会社のバカ専務にとられました。 その時、悔しくてね。

小室さん、お水どうぞ、お水飲んでください。しかし、その会社の専務、汚いですね。

ま、その専務だけではないですが、ま、これからこんな事が繁盛に起こってくるんですが、ま、その時に、正直、「兵隊は辛いな」と思いましたね。
実は、この事件の3年位前に、親戚から親戚の会社の後とりがいないので、私に親戚の会社に入り、将来的に、その会社を受け継いで欲しいとお話を頂いて、正直、「商売」なんて考えてもいなかったので、当時、お話を保留していて、その間に親戚の方が亡くなわれて、結局残った従業員の方が経営者を選抜したので、お話が無くなったのですが、当時は、なんとも思わなかったのですが、専務に割り込まれたときは「後悔」しましたね。 正直、悔しくて、家に帰って泣きましたね。
とにかく、20代の中で、僕の辛い経験のベスト3に入りますね。
その時、今まで何の為に仕事をしてきたんだろう、もしかして、俺はバカみたいに人の為に仕事をして報われない事をただ一生懸命やってきたのかと思ったら < ここでまたしばし沈黙が数秒あり > 急に、自分で自分の為に何かをやりたくなりましたね。

聞いてる私までも悔しくなりますね。でも、それがきっかけで、インターネットの世界に来たんですよね。

直ぐじゃないですよ(笑い)その悔しい経験から3年位時間は掛かりました。

そうなんですか

そうですよ、だってその頃、パーソナルコンピュータはまだまだ一般家庭で買うには高い時代でしたし、インターネットなんてまだ知りませんでしたよ。
それどころか、心の中に「怒り」があっても、どんなことで独立していいのかさえ、分からない状況でした。

なぜ、インターネットというかコンピュータと繋がるのでしょうか。

ま、独立への模索の中で、私の仕事の一部に、会社のコンピュータを使って戦略を考える部分があったんですね。 ま、有ったというより、私以外の人でコンピューターが使える人が会社に居なかったし、私にはワープロの経験があったのと、自宅で仕事をする時は、ワープロで仕事をしていたんですよ。
それが、自宅のワープロが壊れてしまって、それで、新しいワープロを買いに秋葉原まで行って、ショックを受けたんです(笑い)


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